いただきもの・「Argento e rosso」夏秋香様より











 ほの青い月が海を照らし森を照らし大地を照らす。月の女神の輝きを葡萄酒の注がれた杯で受け止め、彼は微かに口元を引き締めた。車座に坐した同郷の二人の顔を険しい表情のままじっと見据える。
「―――――今日集まってもらったのは、他でもない。近々始まろうとしているトロイエとの戦いの事だ」
 ぐっと引き結んだ眉のまま重々しい口調で話を切り出したディオメデスに、その右側に坐したステネロスが空気を解すように微かに笑った。
「俺たちにまでそんなかたっくるしい喋りをすんなよディオメデス。お前が呼んだ理由くらい分かってるさ。なぁエウリュアロス」
「ああもちろんだとも。―――戦の指揮についてだろう」
「・・・俺の考えはそんなに分かりやすいか?」
「まぁ情勢を考えれば自ずと答えは出てくるさ。何せ80艙もの船団を率いての大戦だ。それも指揮者が一人ではなく三人―――まずは、俺たちの意志を同じくしておかなければ、命をかける戦場で多くの仲間をむざむざ散らすことになってしまうからな」
 肩を竦めたステネロスの、流れるような弁にディオメデスもエウリュアロスもその瞳の色を深くした。4千もの兵の命を自分達は預かっているのだ。彼らがこれから向かう戦場で命を落とすか落とさないかは―――自分達の決断にかかっていると言っても過言ではない。
「ああ、その通りだ。そこで二人に意見を問いたい。俺たち3人がそれぞれに指揮を執ってもいいが、それよりも―――」
「3人の中でも、それを統括する指揮者を一人定めるべきだ。そうだろう?」
 緩く口端を上げ、言葉尻を攫ったエウリュアロスにディオメデスは虚を突かれたように目を見開いた。またしても自分の考えと同じことを先に言われるとは思わなかったのだ。
「・・・・・・・俺はそんなにも単純な思考回路だったのか」
 確かに偉大なる父の背を追い、物心がついた時から槍を携えて訓練に励んでいた故に知謀や策略を考える事は苦手ではあったが、それでもこんなにも見抜かれていては戦にも不利になりかねない。
 暗い空気を背負って項垂れたディオメデスの姿に、目を見交わして笑いを浮かべ、二人は同時にその丸まった背をポンと叩いた。自分達が考えを簡単に読み取れたのは、別に彼が単純というだけなわけではない。
「そう落ち込むな、ディオメデス。俺たちがお前と同じ考えに行きつくのは当たり前だろう?」
「そうだ。お前同様、私たちも同じ土地に住まう同朋の命をおいそれと散らしたくないと考えた末の答えだ。何もおかしいことはないだろう。寧ろ同じ考えであったことを喜ぶべきではないか?」
「そう、か。それもそうだな・・・いやすまない二人とも」
「気にするな。お前が単純であることも間違いじゃないからな」
「なんだとステネロス」
 ニッと笑って頭をポンと叩いたその手を払い、眉を寄せて食いかかろうとしたディオメデスを軽く吐かれたエウリュアロスの溜息が止めた。そのため息と同じ呆れた声が彼の口から紡ぎだされる。
「仲がいいのはいいが、喧嘩は後にしてくれないか二人とも。それよりも話を進めよう―――私たち3人の内、誰が指揮者に相応しいかだが・・・ステネロス、貴殿の意見は私と同じと見受けられるがどうか」
「さすがはエウリュアロス。まさしくその通りだ―――この場において、相応しい男は一人しかいない」
 す、と二人の視線が戸惑った表情を浮かべるディオメデスへと向けられる。その視線にたじろぎながらも、ディオメデスはギュッと眉根を寄せた。
「・・・・・・・だが、ステネロス。お前は王の、」
「それが戦においてなんの力を発揮するというんだ?俺たちの中で、最も戦を知り強い男はお前だろ。ディオメデス」
「強い者が頂点に立てば、戦場での部下の士気も自ずと上がる。もし貴殿に足らぬものがあるならそれを補助するのは私たちの役目だ。3人の指揮というのはそういう利点もある。上に立つ者は、部下を引っ張ってゆく勢いと同時に諫言にも耳を貸す度量の広さも必要になるのだからな」
 淀みない二人の言葉に、ディオメデスは顔を引き締めた。彼らの言葉に嘘はない。
「・・・・・・・・・本当に俺でいいのか」
「俺たちが認めたというだけでは不満か?」
「そういうわけではないが―――いや、ぐずぐずと弱音を吐くのはもう止めにしよう。お前たちが俺が指揮者に相応しいと推してくれたのであれば、それに異存などあるわけはない」
 さっきまで瞳を過っていた不安を一つ瞬きをする間に消し去り、ディオメデスは二人をぐっと見つめた。これから向かうのは戦場だ。僅かな気の緩みで命を落とす場なのだ―――こんな不安を持った大将など、いない方がマシだ。
 決意の定まった表情を浮かべたディオメデスに、ステネロスとエウリュアロスはふっと満足そうな笑みを浮かべた。
「それでこそ剛毅なテュデウスの息子、我が親愛なる友だ」
「さて、では案件も定まったところで今後の我らの武運を乞うべく神々に願おうではないか―――ひとまずこの場においては、この葡萄酒で乾杯を交わすことでな」
 すっと差し出された杯に、それぞれ倣い車座の中央に3つの杯が掲げられる。カツンっと音を立て乾杯を交わし、3人は共にこれから迎えるであろう戦に思いを馳せ、そっと瞳を伏せたのだった。









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アルゴス領主三人組、メインリーダーを決めるの巻。

某所にてアルゴス王族の関係性のごちゃごちゃさについてもぞもぞ考えていた時、
そのもぞもぞを拾って夏秋さんが書き上げてくださった一品でございます。
夏秋さんのディオメデス像、若いなー青いなーかわいいなー!
年上二人に支えられながらのメインリーダーなのかと思うとほんとにかわいいですね…


素敵なSS、ありがとうございましたーーー!







(2013.08.31)


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