Dr.マカオン診療所 ~オカンと軍医~






「や、先生。今いいかな」
「やぁ、ステネロスか。今日の葬礼競技では君の大将に素晴らしいものを見せてもらった。私は常々、武勇に名高いあの二人ではどちらがより強いのか知りたかったんだよ。結局決着はつかなかったがね」
「それで傷口開いてんじゃ世話ねえっすよ。ほんとすみません、面倒ばっか増やして……あいつはどこです?」
「寝台にいなかったなら、今の時間だと風呂で傷口を洗っているかもしれんな」
「や、風呂にはアガメムノンが行くとこでした。さっきそこでポダレイリオスが連れてくのとすれ違ったんで」
「彼は何と言ってた?」
「知らないって」
「あいつめ…目を離すなと言ったのに」
「なんかすいませんね、逆に」
「いや、すまないな。私が常時ついていてやれれば一番いいんだが」
「そういうわけにはいかないでしょ。怪我人なんて他にもゴロゴロいるし、先生だって万全じゃないんだし」
「昼間のことも謝らなくてはならないな…」
「あーあーあーいやいやすみません!ありゃ俺が行けっつったんすよ!すげー恨みがましい顔して見てくるから耐えらんなくって!戦車競走くらいなら、そんな動くわけじゃないし、と思っちゃって…」
「競技の場にいて、なにもせずじっと見ていろというのは、彼らにとっては酷だったかもしれないな。…オデュッセウスが角技に名乗り出たのは予想外だったが」
「オデュッセウスはあれやりすぎでしょ。あのあとすぐ競争にまで出ちゃって」
「安静状態が続いていたからな、体を動かしたくてたまらなかったんだろう」
「まーわからんでもないすけど…傷口開いてまですることかね。まーあいつもあれ見てテンションあがってずるずる模擬試合に飛びつきましたわな」
「どちらも加減して引き分けで収めてくれるとは、アイアスも案外空気が読めるやつだったんだな」
「彼はあれでいいやつっつーか、さすがに怪我人ボコして勝ち誇るような鬼畜じゃないすよ。あ、空気読んだと言や、アキレウスもいい判断でしたねー」
「ああ、槍投げ」
「アガメムノンもずっと出るとこ伺ってたんでしょうねあれね!どっか俺でも出れるやつないかなーと思ってるうちにまさかの最終種目でもうこれしかねえ状態?!つー流れでしたよねあれ」
「腕を負傷していては、満足に投げられるわけがないのにな」
「ほんと機を読む能力に欠けるよなーあのおっさん」
「だがあれはアキレウスにとってもいい機会になったろう。メリオネスには気の毒だったが、あそこでアガメムノンを不戦勝にしておけば、彼の顔も立つし機嫌もとれる」
「ウィンウィンてやつすね!」
「なんだ、それは?」
「なんでもないです。…ま、ディオメデスに関しては、止めきれなかったのは俺の責任すから」
「すまないな」
「いやこちらこそ」
「しかし彼の回復力には驚いたよ。足の傷はともかく、右肩の矢傷はもうほぼ塞がっているんだ。同じ日に傷付いたメネラオスは、未だにあの傷口に軟膏を塗りに通ってくるというのに」
「あーもうありゃバケモンすよ、バケモン。あん時もすぐ先生に見せようと思ってたんすけど、俺が矢抜いてやったらすぐまた前線戻りやがんの。逃げるなどと口にするな!俺の性分に合わんのだ!つって肩からばーばー血流しながら。挙げ句敵殺してくるからお前は馬取って来いとか、なに言ってんだこいつって思いましたね」
「大変だろうな、彼の手綱を握るのは」
「まともに握ってちゃ振り落とされてこっちが死にますよ!なんなんだろうなー、何考えてんのかなあいつ」
「神のご加護のある人間は、思い切りが違うよな」
「やっぱそこなんすかねぇー?俺にとっちゃ神様なんて、怒らせるとおっかねえなってとこが先立っちゃうからなぁ」
「…貴殿の父君は、ゼウスの怒りを買って亡くなったんだったな」
「そそ、テーバイ攻めのときにね。俺の勢いはゼウスにも止められないぜー!っつって、ゼウス本人に息の根ごと止められちゃったって」
「私の父も、ゼウスの怒りを買って雷に打たれたと聞く。私の父も貴殿の父君も、己の力への過ぎた慢心ゆえに滅ぼされたんだな」
「すげーっすよね、死んだ人間生き返らすなんて。あんとき、俺の父ちゃんも生き返らせてくれようとしてたんですってね?」
「未遂に終わったがな。貴殿の父君に、どこか似た匂いを感じていたのかもしれないな」
「結末も似ちゃいましたね」
「はは、そうだな。……我ら血縁者にとっては辛いことだったが、皆に教訓も残してくれた」
「ね、あんま調子のんじゃねーぞってね。…んー、だからってわけじゃねーすけど、どーもあいつみたいに思い切れないんすよね、俺。あれっ、これは調子乗っちゃってる部類に入るんじゃね?とか思っちゃって」
「なんとなくわかる気がするよ。父の二の舞を恐れるあまり、故意に目立つ行為はすまいと考える。良くも悪くもな」
「ちっちゃくまとまっちゃうんすよね」
「…実に恥ずかしい話だから、他言無用に願いたいんだが……実のところ私は、武功や名誉といったものを、他の男達がいうほどには気にしていないんだ」
「あー、なんかそんながつがつ前出ていきたくないんすよね、そんなもんよりもっと大事なもんがあるっつーか」
「私にとってのそれが、ポダレイリオスなんだよ。名誉を追い求めるあまり、私が先立ってしまったらと思うとな。残される弟の身のことのほうが気にかかってしまうんだ」
「それ!あいつ置いて死にたくねーし、かといって後に残されたくもないし、もうほんと、なんつーの…ヤなんすよね!」
「…なんだか安心したよ。同じような思いでいる人もいるもんだな。境遇が似ると考え方も似てくるんだろうか」
「みんな根っこのとこはそうなんじゃないかと思うんすけどねえ、俺は」
「何を腑抜けたことをと怒られるかと思った」
「俺こそ安心しましたよ!普段こんなこと言おうもんならくそ怒られますからね!」
「貴殿のところは特に厳しそうだしな」
「ほんとそれ。あの調子でやりすぎて、いつか神々の機嫌損ねなきゃいいけど」
「怪我も多いし、心配が絶えんな」
「ほんっとそれっすよ!こっちの気も知らないで。いいよなーあいつは、トロイアぶっつぶすことしか考えなくていいんだもん」
「我らだって、今はそれだけ考えていればいいのでは?」
「先生ー、わかってて言ってんでしょ?意地わりぃっすね!」





「…ステネロス!ここにいたのか」
「ん?!」
「おお、ディオメデス。元気に行方不明になれる程度には、傷の具合はいいようだな」
「ええ、おかげさまで」
「てめっ!ここにいたのかじゃねえよこっちのせりふだよ!どこ行ってたんだよ!」
「お前を探していた」
「俺が!お前を探してたの!」
「その前に俺がお前を探していた」
「前とか後とかそういう……ああ、まあいいや、もう。じっとしてなきゃだめだろ!」
「もう問題ない。それより、エウリュアロスを見舞いに行くぞ」
「はぁ?見舞われる側が何言って……………ん?」
「忘れてたろう、彼の事」
「…………あ」
「『寝所に来たから見舞いに来てくれたんだと思ったのに、俺には目もくれずすぐどっか行っちゃってさみしかった』と」
「……………あー」
「『声もかけたのに』」
「うっそ。まじで」
「『まあちょっと歯欠けたくらいだし、要観察なだけだから明日には陣営帰るし、見舞いなんか来てくれなくても全然さみしくないけど』」
「ごめん!!超ごめん!!!行こう、な、すぐ行こう!!…んな笑わないでくださいよ、先生!」
「たまには息抜きしろよ、ステネロス」
「できるもんならね!おいディオメデ……ああ、もう居ねえよ。なんなのあいつ動いてないと死ぬの?」
「私のところでよければいつでも来てくれよ。彼の怪我の様子も聞いて分かろうし、何なら軟膏もわけてやるし…貴殿の話も聞こう」
「まじすか。なにからなにまですみませんね」
「似たもの同士でしかできない話もあろうしな」
「ほんとそれっすね!…じゃ、また!」
「ああ、そうだ。すまないが、途中でポダレイリオスを見かけたら、すぐ私のところへ戻るよう伝えてくれ……」

 「…あっ、居た、ディオメデス!一体どこ行ってたんです、貴方がいなくなると僕が兄さんに怒られ…」
 「居所が明確ならば問題ないでしょう。エウリュアロスを見舞いに寝所へ行ってきます。では」
 「そういう問題じゃ…! ちょ、待ってくださいよ、包帯変え……って、あっ、まって、薬、落ち……うわああ」

「…派手にぶちまけた系の音しましたね」
「………ああ、もう…」
「先生もたまには息抜きしてくださいよ!」
「ああ。できるもんならな」








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11歌で負傷した奴、23歌で元気にはしゃぎすぎだろ…数日しか経ってないんじゃないか…? 傷口開くで…と考えているうちに
頭ん中でマカオン先生とステネロスくんが会話を始めたので録音して書き起こした、って感じの台詞だけSS。
この組み合わせ書くの、なにげに二回目だったりしますね……どっちも世話焼きの保護者なイメージです。





(2013.02.20)


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